歴史
「日本の(第2次世界大戦の)戦車の破壊はこのようにしてやる?」海外の反応
今回は戦車についてです。
動画では第2次世界大戦の日本の戦車の破壊の仕方についてのレクチャーの様子が紹介されています。
*動画の冒頭から戦車は九五式軽戦車(ハ号)
How To...Destroy A Japanese Tank
・この戦車は日本人サイズの3人乗りであると詳細に言っているところが笑わずにはいられなかった。
・ウクライナの人たちはこの動画を見てメモを取っていると思う。
・基本的には何かで撃てばいいんだね。
・ブローニングM2重機関銃でこの戦車を簡単に破壊できる。
・日本の九五式軽戦車はI号戦車やII号戦車のような当時の軽戦車と比べてどうだったんだろう。
九五式軽戦車は小さくて脆そうだけど、強力な37mm戦車砲があった。
・この古い映像が気に入った。
ライフルの発砲で破壊できるというのはかなり楽観的な提案だけど。
・どの戦車もキャタピラーを攻撃すれば簡単に破壊できるぞ。
特に第2次世界大戦の戦車はね。
キャタピラーを守って保護するものを作るのにほとんど手間をかけていなかったから。
・これは最悪のアドバイスのように思える。
これをやってみて何人の兵士が死んだのか想像してみな・・・。
・この戦車のオフロードを走る性能はとても素晴らしいよ。
・けど、それをやるとコレクション価値を台無しにするだろう(笑)
・けど、この日本の戦車は燃費が良いだろ。
・日本に住んでいるから、これは間違いなく役に立ちそうな感じがする。
・日本の戦車の破壊の仕方?
P-38型缶切りを使え。
・単純に手榴弾を使いな。
・日本の戦車は変な怪物のようだ。
・これは日本人が作った初めての戦車でもあったのか?
大陸や南方で戦う分にはそれで十分だったんだよ
碌に空母を持たないヨーロッパの戦線を日本人が馬鹿にしてるのと変わらんぞ
大発動艇に乗せることを考えていたからこの大きさと重さになったらしいけど
単純に戦車の技術が足りなかったんだと思う61式戦車がその実例
日本軍がやった
キャタピラに手榴弾やハッチを開けて手榴弾
のことかと思ったよ
今と同じで空海偏重だったからしゃーない
船に積み込むのにクレーンが耐える重さという制限があるからな
カーフェリーみたいに自走して船に乗るというのはまだ無かった
日本軍最強戦車はM3スチュアートだから(震え声
凄い悪路に強そうだね
こんなもんで良いだろうと言う発想が命取りになった
まあ貧乏国家だからどう奮発してもここ止まりなのは仕方がない
オーナーは満足したかも知れないが、ユーザーはブリキの棺桶で戦うことになったんだから悲惨である
戦争を始めた頃はあのくらいの豆戦車で充分だったんだよ
世代が変わってシャーマンやタイガーやT-34が出てきた頃には
日本は次世代の戦車を新造する経済力がなかった
仕様が良くても現実に仕様どうりに製造できなかった当時の生産技術の未熟さに問題があった
熟練工が徴兵され、代わりに素人の少年少女が生産に関わればどう頑張っても齟齬が起きる
良質な鋼材は不足し組み立てるための治具は量産を賄えるほど揃えることは出来ない
うちの爺さんは勤労動員で航空機の工場へやられ、主翼の水平を出す治具そのものを作らされていた
旧制高校の文科系だった17歳の少年がだ!
戦後、その苦汁を味わった技術者たちはその反省から品質管理の重要さを学ぶことになる
そもそも軽戦車なわけで
同時代の戦車なんて似たような物だろ。
日本の場合は戦車戦が無かったし、鉄道規格の為に大型化が遅れたが。
しかも、イギリス軍はアジアにはユニバーサルキャリアしか配備してなくて日本軍の戦車に散々やられたんだし。
日中戦争やWW2初期には大活躍してたよ。
>単純に戦車の技術が足りなかったんだと思う
技術自体はまぁその後の戦車開発に関して遅れ気味ではあったけど、単純に太平洋戦線で使える車両(おっしゃる通り大発に乗せられるのがチハが限界だった)がそれしか無かったのと陸軍の主戦場は”中国大陸”だったってのが主な原因
中国大陸は戦車が居なかったからチハやハゴで十分だったのよね
ただそのハゴやチハは生まれた当初からクソ雑魚ナメクジかというとそうではなくて、当時のドイツの三号等に引けを取らない一線級だったのよ
それを終戦まで使い続けなければならなかったってのは悲しい事だけどね
ルノーft17からD1あたりまでの設計運用思想なんだからこんなもんよ
工業規格とか大規模化といったアメリカがバケモンなだけ
今でさえ10式や91式のトラブルが絶えないからなあ。
乗り物に関しては日本は技術的には諦めた方がいい。